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2009/01/29

達磨市

 木賊とかいて「とくさ」と読む。川崎市麻生区に 木賊不動尊(麻生不動尊とも言われる)があり 毎年1月28日に達磨市が行われる。百年に一度の不況の為か 現総理と名前が同じためか 例年以上の混雑であった。狭い参道に 必要以上の屋台が並び 行き交う善男善女の動きは牛歩となり 境内に至るまで一苦労する。
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 この大混雑の中を 小学生の40名ほどの一団が境内に現れ、混雑する大人の間をすり抜けるように、動き回っていた。彼等は参拝を終えると 達磨を見たり 白蛇を見たり 食べ物屋を覗いたりしている。見ていると彼等の関心は 持参したお小遣いを何に使うかである、露天独特のお菓子を購入しほおばりながら 残りの小遣いと目の前の商品の値段とを算用っしながら あちらこちらの露天を覗く。感心した事は子供たちは 地元にお金を落とす行動をしていることだ。
 肝心の達磨さんは どれほど売れたのであろうか、参拝を終えて家路につく人々の手には達磨はあまり見られなかった。そう言えば境内でも 1000円の小さな達磨を置いた店に 大勢の人だかりがしていた。黄色い花をつけたまんさくの植木鉢を抱えた人が目に付いた。
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今日のひとごと
「さすが麻生不動尊だね。ご参詣においでの善男善女の皆さん 私も麻生です、ご支援を宜しく。」
「この混雑 今日一日だけって言うこと ご存じないのかね?」(国民)

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2009/01/27

結果良しの日

 一進一退の日々が続く、最近めっきり減ってきたとは言え、年末年始に忘年会、新年会がある。貧乏育ちの悲しさ さもしい心が会費分の元を取らなくてはとの思いが 飲みかつ喰うと言う姿と為る。当然会を重ねるごとに体重は増える。おまけにお正月があり、正月7日を過ぎた時には 3kgほど体重は増加していた。
 新年会の合間に、フィットネスクラブに通い大汗をかいて減量に努める。週3回のペースで通い順調に減量を進めてきたが、1月23日、25日と立て続けに飲み会が続いた。23日はパソコンを楽しむ仲間の飲み会、81歳の爺さんをトップに 70歳を越える爺さん連中だが 良く飲み喰う 家に帰ってみると体重は+方向、土曜日に減量に励む。
 25日は地域の厚生年金受給者の新年懇談会、会費制である。また体重増加の危機にさらされる。会場には同年輩の爺さん婆さんが大勢集まっている。乾杯の音頭を合図に 歓談が始まる、酒飲みはお好みの酒を目当てに 会場の端に設けられたドリンクコーナーへ、昼食を抜いで準備怠り無い食欲組みは 中央のおいしそうに並んだ盛皿に向かう。会費制の会には私と同様に 元を取らなくてはと考える人もいるようで 食欲を少し我慢をして ちびちびと飲んでいると 美味しい食べ物はすぐに無くなる。
 中央のテーブルには 鶏の唐揚げなど 高年者は控えた方が良いと思われる食べ物も並んでいる、目の前のテーブルには たんぱく質のかたまり海苔巻きを中心にした寿司もある、海苔巻きはさすが人気が無い。ビールを飲んでいるうちに 中央のテーブルも空いて来るであろうと すくのを待っていた。
 胃袋の準備も進んだようで 参加者の動きは 懇談の方に向かってきた。中央のテーブルに行くと 驚いた事にほとんどの皿が綺麗に為っていた、高カロリーの唐揚も残ってない。俺の喰うものが無い。サラダが少々残っていたので皿にもってテーブルに戻る。是だけでは元が取れない、お皿の追加もありかと待ったが、期待は外れた。
 翌日 フィットネスクラブで 体重を量ると 減量となっていた、結果は良し にんまりする。

今日のひとごと
「爺さんは馬鹿野郎で解散し、孫は大馬鹿野郎で解散か?」若いのに頑固だね、それが政治家よ。

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2009/01/24

雨の日

 22日(木)久しぶりに雨が降った、異常乾燥注意報もひと段落だ。この日はIT講習会の講師を仰せつかっていたので、バスに乗って会場に向かう。この日気づいたことは 乗客がほとんどマスクをしていないことだ。座席には空きがない状況の中で 大きなマスクをしている人は一人しか見られない。皆さん恵みの雨で インフレエンザのウイルスが何処かへ行ってしまったようにほっとした顔でバスに揺られていた。

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2009/01/20

シニアーとパソコン

 久しぶりに IT講習会に参加した。平成14年 森元総理の提唱で始められたIT講習会を引き継いだ当時は、講習会の受講生のほとんどは 家にパソコンなど無く パソコンに触るのも初めてであった。その後パソコンの急激な普及とともに IT講習会の参加者のほとんどの人は 家にパソコンを持ち メール、インターネットに少しはかじったことがあると言う時代となっていたが、今回の講習会の参加者は初めのころに戻ったように、パソコンを持っていない人や  パソコンに初めて触る人などが見られた。
 今回のIT講習会は シニアーを対象とした講習会で、参加者は無論お年寄りばかりである。受講生は 男性1名と女性9名の合計10名に 講師1名(女性)、講師をアシストするメンバーが 3名、この3人とも70歳以上に有料配布される福祉パスの持参者と言うメンバー。3人のメンバーの年齢差は 最高齢者と一番の若者の差は10歳。元気なパソコン爺さん達だ。
 最近は個人保護とかで参加される方の 年齢は明らかでないが、女性は5~60台、男性は70台と思われる。年齢に関係なく パソコンにチャレンジする姿に 我々も元気を頂戴している。この講習会に使用しているパソコンは 平成14年当時の Windows98のマシーンだ。いまやパソコンはVistaの時代、時代遅れのパソコンが 時代に取り残されることの無いように頑張るシニアー達に元気を与えてくれている。

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2009/01/18

スキー場

 きょう日の小学生は贅沢だ、中学生の孫が 3泊4日で志賀高原にスキーに出かけ元気に帰ってきた。スキーも学校の教科の一環として3年間続けて行われる。初めてのスキーと言う事で準備も大変であったが、板やスキー靴、すべる時の一切は宿泊するホテルで貸してくれるとのことで、軽装で出かけていった。
 雪の寒さに負けて風邪などひいてはいないかと心配したが、元気に帰ってきた。「滑れるようになったか?」と問えば、「ばっちし 滑れるようになった」とのこと。生まれてからこのかた一度もスキーに行ったことの無い身、羨ましそうに 「いいな 中学校でスキーができるなんて、爺ちゃんは 大岡山でしか滑った事が無いよ。」と言ったら、「そんあスキー場は無いよ」と笑われた。もちろん大岡山はスキー場では無い 大学の事である。

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2009/01/14

香典返し

 昨年12月から1月にかけて葬儀が2件あった、12月にあった葬儀の香典返しが最近届いた。香典返しは四十九日(七七日忌)の忌明け(満中陰)の法要が無事終了した後、忌明けの報告とお礼をかねて行われる。忌明け当日から1ヶ月以内に香典返しを行うのが一般的となっている。最近 香典返しにカタログが送られてくる事が多い、「カタログに載っている商品の中より お好みの商品をお選び下さい。」と言うわけだ。
 香典と言うのは 大体 1万円、5千円、3千円と 亡くなられた方とのかかわりで決まってくる。香典返しは半返し 香典の半分の金額の商品となる、 1万円の香典には 5千円前後の香典返しとなる。年金生活者の持参する香典は 5千円か3千円が一般的、それゆえ香典返しの金額も知れている、
 小額な商品カタログ故、品数は多いが これはと言う商品は見当たら無い。以前に これは便利と 非常用の発電式懐中電灯(LED、FMラジオ付き)をもらったことがある、後日同様な物が 半額(香典の1/4)で 大型店で売っていた。カタログより 百円ショップの方が商品にバライティがある。
 また最近、なるべく早くお返しを済ませたいということで葬儀後、お持ち帰り方式も増えてきている。昨日の葬儀はこの方式であった。この場合は 持参した香典の金額に関係なく、香典持参者に同じ品物をお返しとしてお持ち帰り頂くことに為る。持ち帰りと言う事もあり タオル、ハンカチ、靴下、海苔、お茶など 軽い商品、多くは日用品と為るため 便利が良い。
 最近 何故か香典返しを止めて 福祉事業に寄付すると言う方が少なくなってきている。数年前友人が亡くなったとき 個人意思により ○○団体へ寄付させて戴きますということがあった。私はこの方法が良いと思っている。

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成人の日

 わし等古い人間には 成人の日といえば 1月15日と決まっていた。ところが 最近は毎年変わる、今年は1月12日が成人の日となっている。国民の休日であることには変わりない。私には成人の日の思い出はない、当時も東京都の場合区役所が主催した成人の日は近くの公会堂実施されていた。だが案内書を受け取った記憶は無い。
 20才の成人の日 私は学費稼ぎのアルバイトに追われていた。親の期待に沿えず官学に入学できず、私学に入学したためだ。昨今の若者のように20才の盛装を準備するお金も無い、あるのは着たきり雀の学生服だけ。華やかな成人式の会場に行く勇気も無かった。アルバイトで終わった成人の日、家に帰り一人で ビールを飲んだことだけが 唯一の思い出だ。ビールの味は苦かった。
 昨年に引き続き横浜アリーナに出かけてみた、アリーナの周辺は新成人であふれていた。女性は白いショールをかけた 皆同じような美しい和服に包まれていた。男性は和服姿も見られたが 洋装が多い。不況下の中の成人式 昨年と何か代わりがあるか、外見からは見つけることは出来なかった、だが派手なパホーマンスは昨年より少ない、一方で 群れを組んで動き回る男性集団が目立った。
 昨年は 100枚を越える写真を移した、今年は撮影目的が定まらず 十数枚のスナップを撮影するに留まった。
子連れ成人(08年撮影) 今年は見られなかった。
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酒瓶片手に豪快に酒を飲む成人(08年撮影)も見られず。
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2009/01/10

40肩

 7日正月が終わろうとした頃から、やたらに右肩が痛む。俗に言う「40肩」と言う奴だ。それこそ大昔 大学を受験する頃 良く肩が痛み腕が上がらなくなったことがある。運動不足のせいであろうと思っていた。確かに大学に合格してから 40代、50代も過ぎ今日まで 一度も痛みを感じた事は無かった。
 40肩というのは、インターネットで調べてみると、突然痛み出し 腕が偏り上に上がらなくなるような症状を言うようで、40代、50代頃の人がなるので そう呼ばれている。私の場合はまだ 肩から上に手を上げることは出きる、しかし痛みは感ずる。まだ軽症なのかもしれない。
 40代の若い人が40肩になるのなら判るが、70代の爺さんが 40肩とはいかなることか 「それは君 肩が若返ったのじゃ」と言われそう。医者に行くと「加齢現象ですな」ですまされそう。心配なのは 昨年11月30日に起こしたアクシデントの後遺症が出てきたのかということだ。腰、腕、足のレントゲンには 問題なかったが、もう一度肩のレントゲンを調べてもらうことにする。

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年賀はがきあれこれ

 本年来た年賀状を整理していて気が付いた、切手の部分にぷーさんとなっている年賀はがきがある、はじめは年賀状に似せた 私製はがきかと思った、ちゃんと日本郵便と印刷され お年玉の番号まであるではないか。他の年賀状を見てみると きっての部分が 50円もので 御所車、牛と梅の花、50+3円もので、梅、市松模様とある。中には横浜開港150周年と印字されたものなど、私の手元にある年賀はがきだけで 6種類もある。
 裏面にも 普通のはがき、インクジェット用はがき、オフセットようはがき、絵柄の印刷されたはがき、などいろいろな種類がある。これだけいろいろな種類があると、完売されていれば問題ないが、売れ残りがあるとすれば、残りは種々雑多  売り上げ集計の整理が大変であろうと思う。本当にこれだけ区分する必要があるのであろうか疑問である。
 いろいろな人の要望に応えて多品種を販売しているお店は、売れ残りを気にして生産をしている。我が家の近くに最近出来た小さなパン屋さん、いろいろな種類のパンを販売しているが、日々完売を目標に仕込んでいる、従って遅い時間に 買いに行くと買いたい商品が売り切れている事が良くある、それでも他の商品は幾つも並んでいる。これ等が売れ残ると パン屋さんの損失と為る。小さなパン屋さんにとっては この日々の小さな損失の積み重ねが命取りとなる。郵便会社も親方日の丸の考え方は早く捨てた方が良いのでは。「町のパン屋と一緒にするな!」・・・聞こえてきました。

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2009/01/09

72時間の禁酒

 毎年暮れに72時間禁酒を実行している、年間を通じてこの3日間アルコールを呑まない。休肝日の変わりに アルコール中毒の確認のために始めた、72時間酒を飲まずにいたら、アルコール中毒ならば 中毒の症状が出て、来るであろうと考えた次第、 禁断症状が出なければ良しとしていた。幸い今日まで症状は出ない。この慣習は20年近く続けている。
 昨年の暮れは少し危うい状況下に置かれた、毎年31日の除夜の鐘を聞き始めたときに「おめでとう」のお酒を飲む、そのためには28日から 3日間を禁酒デーとしている。昨年27日(土)に青葉イベントスタッフという地域活動だ団体の忘年会があった。これは想定内のことで計算済みの日程であったが 忘年会の会場にいろいろな試料の入った小さなカバンを忘れてきてしまった。資料だけなら問題は無かったが、眼鏡も一緒に入れてあった、老眼鏡である これがないと新聞などが読めない、翌日受け取りに行かなければ為らない。
 会場と言っても飲み屋である、酒を飲まずに帰れるだろうか? 気の弱い小生には 忘れ物だけ受け取って帰るなどと言うことは出来ない。ここで長年続けて来た習慣に休止符が打たれることになるのではと危ぶまれる。72時間の禁酒と言うことは、31日の11時から 年越し飲み会をはじめるとして、その72時間前と言うのは 28日の午後11時ということになる、都合の良い計算でなんとかなろうと眼鏡を忘れたお店に向かう。
 まだ開店前の時間 それでも1組の客がいた。店の親父は忙しそうに働いていた。止まり木の椅子に座り、お酒を一杯注文すると、親父は「今日は予約で一杯、酒は出すが 料理は出ないよ!」と言うと、忙しそうに焼き鳥を焼いている。この一言で 20年近く続けていた 72時間禁酒が継続する事が出来る事になった。
 12月31日 テレビで紅白見ながら. 72時間ぶりの酒を飲んだ、酒は本来熱燗好みであるが、この日は冷酒と為った。

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2009/01/07

国民給付金へのつぶやき

 本年の年賀状を出すにあたり、前年の年賀状をみていると、一昨年 某市の市会議員に当選したと言う内容の添え書きがある年賀状を見つけた、昨年の正月には気が付かなかった。この人も私と同じ企業に定年まで勤め、定年後一念発起で地域に貢献するために 市会議員に立候補して 2番目の得票を得て当選したと言う。誠に天晴れな奴だ。
 少し政治について触れる、昨日の国会論議の中で国民給付金について論じられていた。民主の鳩山さんは、愚作で国民は期待していないと言う、麻生総理は国民は欲しがっていると言う。確かに我々年金受給族は 2万円は有難いと思うが 2兆円と言う金をばら撒くよりは、もっと頭をつかった使途を考えるべきと思っている人も多い。中には受け取らないと言っている人もいる。(今は 高額所得者が1800万円以上と聞いて、年金収入の惨めさを感じ、お断りするとは恐れ多いと考えを改めている) 中学一年の孫は お年玉の延長線で見ており 欲しいに決まっていると、麻生さんの考えに賛同している。 iPod nano(17800円~)が買えると喜んでいる。彼は確実に消費に使う。でもかれには投票権は無い。ポリシーの無い麻生総理への批判は想像以上に厳しい。

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2009/01/05

年賀状より2

 最近の年賀状はパソコンとデジカメの進歩の影響で両面ともプリンターで印刷をしたものが多い。小生のところに届く年賀状の中には少ないが、市販の年賀はがきに自分の住所と名前を入れた横着な年賀状もある。書く申す小生もその類に近いが、裏面は色々と工夫をしているつもり、たとえば親戚に出す年賀状は近くに住んでいる人には違うデザインの年賀状を出す。毎年4種類ほどの年賀状デザインを変えたものを作る。印刷は自分のプリンターである。
 両面プリンターで印刷した年賀の中に一筆付け加えてくる年賀状も少なく無い、というより増えてきている。これも加齢のなせる業であろうか。一筆と言ってもほとんどの方は「お元気ですか」「元気に頑張っています」「今年も宜しくお願いしいます」などの簡単なもの。そんな中に2枚興味を持った年賀状があった。
 一枚の年賀状には「ものづくり」が主「金融」が従 倫理を踏まえた勤勉な人が報われる世の中が到来することをいのっております。と書かれていた、最近の世の中の動きをとらえわれわれ国民の気持ちを伝える文章だ。もう一つは、「1月に定年を迎えます、寂しさで一杯です。」という簡単な添え書きである。年賀状を送ってくれた彼は、私が20年近く前に赴任した職場で働いていた仲間、今もそこで頑張っている。真面目な性格の人だけに職場を去ることに人一倍寂しさがあるのであろう。職場は関東の県庁所在地にある営業所、時代の流れもあり 次の職場を見つけることが難しいのであろうか。
 私は 退職後企業人を止め地域に飛び込んだ、お陰さまで現在もなんとか地域で活動を続けている。私の弟も昨年今回年賀状をくれた人と同じ地区で定年を迎えたが、いまだに定年風来坊を続けている。地方での地域活動、ボランティア活動も見つけることは簡単ではないようだ。
ことしは切り絵にしてみました。
Mynenga

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2009/01/04

年賀状より

 今年の年賀状に2件 「本年の賀状をもって 年頭のご挨拶を今後失礼させて戴きます」と言う添え書きがあった。一人は大学の恩師、一人は会社の先輩である。多くの年賀状を書いていると(と言っても最近はパソコン任せ)、時々どうやって年賀状の数を減らすかに悩む。1年失礼すれば数が減る事はわかっているが、長年ご厚誼を頂いた方々、人生のそれぞれの時代にお世話に為っている方々、悩んだ末結局続けてしまう。
 年賀状は 年に一度の賀詞の交換と言う形で交誼を継続する事が出来る素晴らしいことだと最近考えるようになった、そこで私は年賀状についてルールを定めた、今まで大変世話に為った方々には 相手からの賀状が来なくても必ず出す、その他のかたがたには 前年賀状が届いていることを確認し賀状を出すことにしている。こうなると新規に年賀を出す人は増えるが、減る事は少ない。減るのは亡くなられた方、ご家族の喪中で年賀が届かなかった方程度となる。
 年のはじめ 届いた年賀状を読み 顔を思い出しながら昔の友情を確かめることもまた楽しいひと時だ。そのようなわけで 出来る限り年賀状は続けて行くつもりである。
毎年送られてくる数少ない版画の年賀状の1枚
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毎年絵を送ってくれる年賀状の1枚
Nennga3

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2009/01/03

2009年と言う年

 2009年に入り、酒を飲んで、初詣に行き、そして増えた体重を減らしにスポーツクラブに行き あっと言う間に3が日が終わろうとしている。2009年の景気は100年に1度の大恐慌の年とのこと。いやはや困ったものである。
 2009年は横浜は開港150周年 いろいろな催しが企画されている、昨年東京タワーが50周年であった、多くの民法がこの東京タワーが出来たことで 電波を飛ばすことが出来るようになった、そんなことで今年50周年を迎えるテレビ局が数社ある、東京ディズニーランドが千葉県浦安市の埋立地にオープンしたのも25年前だ。
 2日に初詣に行くのに、JR横浜線に乗車したところ 100周年とのこと、かく申す小生は間もなく干支で7順目にはいるが、25年目の東京ディズニーランドや 東京タワーのことは知っているが、横浜線の開通のことは知らない、知っているのは 25年ほど前の まだ一部に単線区間があり 中央線や山手線の古い車両をつかった隙間風の舞い込む車両をつかっている横浜線である。横浜港のことも知る由も無い、知っている事は「みなとみらい地区」と呼ばれているところは昔は 三菱造船と言う会社があった場所と言う事ぐらいだ。
 蛇足ながら 我が家も25周年となる。こうしてみるといろいろな何周年記念日と言う行事がいろいろなところ見られる。こうした企画が上図に回れば、世の中は活気が出るのではなかと思うが如何なもであろうか。
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